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金沢地方裁判所 昭和23年(行)8号 判決 1948年12月22日

原告

吉田菊太郞

被告

石川縣農地委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

請求の趣旨

珠洲郡上戸村農地委員会が昭和二十二年九月八日爲した同郡同村字北方五ノ百七十六番宅地二百二十二坪の買收及賣渡の各決定並び被告委員会が昭和二十二年十月二日之に対して爲した承認は何れも之を取消す。訴訟費用は被告の負担とす。

事実

原告訴訟代理人は、請求原因として上戸村農地委員会は昭和二十二年九月八日原告所有の珠洲郡上戸村北方五ノ百七十六番宅地二百二十二坪を買收し之れを訴外中谷善之助に賣渡す旨の決定を爲し、被告委員会は昭和二十二年十月二日右決定を承認し同村字北方五ノ百七十六番ノ三宅地九十九坪四九を買收する買收令書を交付した。(一)然し訴外中谷善之助は買收する農地に就き自作農となるべき者でないから自作農創設特別措置法に定める宅地の賣渡を受ける資格を有しない者である斯樣な賣渡を受ける資格の無い者の申込を基礎として爲された買收及賣渡の決定は何れも違法なものである。(二)而して其の後昭和二十二年十月二十日に至り被告委員会は原告の訴願に対する裁決に於て本件土地の現況は全部宅地ではなく一部は宅地であるが他の部分は畑であるから此れを全部宅地として買收するのは適当な処分でないことを認め買收及賣渡処分の内現況畑の部分は取消すと裁決し現況畑でない部分の九十九坪四九に付き買收賣渡の処分あるものとして前掲の樣な承認を與えて買收令書を発したものであるが上戸村字北方五ノ百七十六番ノ三宅地九十九坪四合九勺なる土地を目的とした買收賣渡の決定は具体的に委員会に於て爲された事実はなく之れに対する承認もあり得ない。他面に於て同字五ノ百七十六番宅地二百二十二坪に対して爲された買收賣渡の決定は前記裁決の謂ふ如く適当なる処置でないから全部取消すべきもので一個の決定の一部のみが取消され他の一部が有効に存続することは法律上許されない。而かも取消された部分の面積が裁決書の上で確定して居ない場合には当然全部の買收決定を違法として取消すべきものである。(三)買收すべき土地に付いては法定の事項を記載した書面を縱覽させなければならないのである。本件に於ては同字五ノ百七十六番宅地二百二十二坪に付いては縱覽手続をしたけれども買收令書にある五ノ百七十六番ノ三宅地九十九坪四合九勺に付きては何等右手続を爲して居ない。当時土地台帳の上にも斯樣な地番地目は存在しなかつたものである。從つて本件買收賣渡の決定は法律の定める手続を履践しないものであるから此の点に於ても取消すべきもので從つて之に対する承認も亦取消すべきものであると述べた。(中略)

被告訴訟代理人は主文掲記の樣な判決を求め其の答弁として上戸村農地委員会が昭和二十二年九月八日原告主張の宅地二百二十二坪に対して買收決定を爲し且之れを訴外中谷善之助に対して賣渡決定を爲したことは孰れも之を認めるが右各決定は違法で取消すべきものであると主張する原告の(一)乃至(三)の理由は何れも失当である。即ち(一)訴外中谷善之助は本件土地を買受ける資格がないと謂うが原告は其の理由を具体的に主張しない。然し同訴外人は本件買收土地上に住居を所有し居り其の住居に近接して耕作地ありて農に從事し居るもので昭和二十二年三月三十一日田一反八畝十九歩の賣渡を受け其の後三囘に亘つて農地の賣渡を受け自作農となつて居るもので本件宅地の賣渡を受くべき適格者である。(二)本件土地の買收に付き原告より訴願の申立があり被告委員会で取調べた処右土地二百二十二坪の現実の形状は全部宅地ではなく内九十九坪四合九勺は宅地で殘部百八坪四合は畑であることを認めたので本件土地を買收すること自体は適当な処置であるが之れを全部宅地として買收すべきではなく現況畑の部分と宅地の部分とに分筆した上で宅地の部は買收決定の儘存置させるが畑の部分は畑として別に買收手続を履踐させる趣旨で上戸村農地委員会の買收決定の内現況畑の部分に関してのみ取消したのである。上戸村字北方五ノ百七十六番ノ三九十九坪四合九勺なる土地は買收決定の当時から百七十六番宅地二百二十二坪の内に現存して居たもので分筆に依つて地目が変更したに過ぎないから其の部分に付いて買收決定は有効に存続し取消すべき理由はない。(三)原告は縱覽手続をしないと言ふけれども前記宅地二百二十二坪に付いては昭和二十二年九月十日から同月十九日迄上戸村役場で縱覽に供して居るから差支ない。仮りに裁決に依り一部取消された結果宅地九十九坪四合九勺に付きても新しく縱覽手続買收計画をするのが手続上妥当だとしても右は土地を買收賣渡する実体に毫も影響のない手続上の問題で斯樣な点から本件決定を取消すのは農地改革の進行を遅滯させる結果となるから原告の請求は棄却すべきものであると述べた。(立証略)

理由

上戸村農地委員会が原告主張の日其の主張の五ノ百七十六番宅地二百二十二坪に付き原告に対する買收及訴外中谷善之助に対する賣渡の各決定を爲したことは当事者間に爭ない処であるから此等の処分が違法であると謂う原告主張の(二)乃至(三)の各理由に就いて順次審究する。(一)原告は本件土地の賣渡を受ける訴外中谷善之助は買收する農地に就き自作農となるべき者でないと主張するけれども証人間谷庄太郞の証言と成立に爭ない乙第一号証に依れば右訴外人は本件土地上に住居を所有し農耕に從事し且耕作地の買收を受けて自作農となつた者であることを認めることが出來るのであつて原告は此の点に付いて毫も証拠を提出せず其の援用する乙号各証に依つては右認定を覆すことが出來ない。仍て(二)の理由に付いて審理すると前掲の各証拠及成立に爭のない乙第二号証及同第九号証竝に上戸村農地委員会長の作成した同農地委員会現地調査記録謄本で反証なき限り眞正に成立したものと認むべき乙第八号証を綜合すると本件土地の実際の状態は古く約二十年前から全部が宅地ではなく一部九十九坪四合九勺は宅地であるが殘部百八坪四合は畑であつて其の状態が現在迄変りのないこと。原告の爲した訴願を裁決するに当つて被告委員会は原告の申立てた買收が実質的に不当であると謂う理由は認めなかつたが右土地を全部宅地として買收するのは畑地の部分に関する限り妥当でないと認め此の部分に付きては分筆の上畑地として別に買收手続を爲すべく宅地の部分に付いては初めの買收決定の効力は有効に存続せしめる趣旨の下に「昭和二十二年十月二日訴願人の爲した訴願の申立は相立たない。上戸村農地委員会の現況畑の部分についての買收計画は之を取消す」との趣旨の裁決を爲し其の後現況に関して分筆し宅地の部分は上戸村字北方五ノ百七十六番ノ三宅地九十九坪四合九勺と地番地目の定まつたこと及畑地の部分に付いては新しく買收手続及訴外中谷に対する賣渡の手続が爲されたことを認めるに十分である。訴願廳が訴願の目的となつて居る行政処分の当否を審査するに当つては訴願人の申立てる理由に拘束されず職権を以て原処分の適法なりや否や妥当なりや否やを審理し裁決する権限を有するもので本件に於ては訴願人の申立てる買收賣渡を取消すべしとの理由は全部失当で採用し難しとの趣旨で「訴願の申立は相立たない」と裁決すると共に前示の如き理由の下に原買收処分の一部を取消したものであることは裁決書全部を通続すれば明白である。而して訴願裁決に当つては必ずしも原買收処分を全部取消す要なく一個の行政処分の一部分のみを取消し他を有効に存続せしめることは毫も違法でない。只取消さるる部分と効力を存続する部分とが裁決自体に依つて明白にされて居り他の行政機関の解釈或ひは自由裁量処分に依つて左右せらるることが無く訴願廳の意思のみに依つて確定され得るならば良いと解すべきである。本件訴願裁決書の主文は取消すべき範囲を地番地目反別に依つて表示するの方法を採らず現実の土地の状態を以て其の範囲を表示したものであるが証人間谷庄太郞の証言に依れば現地の状態は宅地と畑地とは古くより(約二十年以前より)判然区別され現在迄変化ないことが認められ而かも裁決当時土地の現況に即した分筆手続が未了であつたものであるから前示の如き表示方法を採つたもので此れに依つて原買收決定の内取消さるる範囲は明らかに確定し得べく其の後土地の現況に即して分筆し畑地以外の宅地の部分が前示の樣に上戸村字北方五ノ百七十六番ノ三宅地九十九坪四合九勺となつたのであるから上戸村農地委員会の爲した買收賣渡の決定は右土地に付買收賣渡を爲すとの趣旨にて効力を持続すると共に右裁決自体にて縣農地委員会が此れに対する承認を與へたものと看るのが相当である。換言すれば百七十六番ノ三宅地九十九坪四合九勺の買收及賣渡は上戸村農地委員会の一部分瑕疵を有する原決定と此の瑕疵を権限に基き訂正した訴願裁決との二個の行政処分の綜合に依つて適法に成立して居るものと謂うべきである。(三)右の樣な場合には宅地九十九坪四合九勺に付之れを掲記した書面の縱覽手続が爲されないのは当然の帰結である。若し其の爲め買收の目的たる土地を関係者に了知させ不服其の他の事情を申立てる機会を喪失させる結果となる場合には買收処分の一部のみを取消すこと自体が不適当であつて全部を取消して更らに全部に付買收手続を新しく履賤すべきものである。然るに本件に於ては宅地二百二十二坪に付買收すべき旨の書類の縱覽手続を行つたことは原告の自認する処で右宅地二百二十二坪の表示が現実に如何なる土地を指示するかは原告其の他利害関係人も十分之れを知り得て原告は現に不服の申立を実行し得るのみでなく右土地は現実の状態としては宅地と畑とに判然区別されて居り從つて買收処分は現実には宅地九十九坪四合九勺と畑地百八坪四合とを買收するとの結果となることを知り得る事情にあるので被告委員会が全買收処分を取消す要なしと認め畑地の部分に付きてのみ取消したのは相当であつて宅地九十九坪四合九勺に付縱覽手続等の買收手続を更らに繰返へさなくとも違法と謂うことは出來ない。以上説示の樣に原告が本件行政処分に付いて違法であると主張する理由は孰れも採用することは出來ないから原告の本訴請求は棄却すべきものと認め訴訟費用に付民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決した次第である。

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